「AIは敵ではない」──歴史の断片から不可思議な世界を描くアリソン・グエン【New Talent 2025】
US版ARTnewsの姉妹メディア、Art in America誌の「New Talent(新しい才能)」は、アメリカの新進作家を紹介する人気企画。2025年版で選ばれた20人のアーティストから、自らを「テクノロジーおたく」と呼び、AIと映像を駆使した作品で歴史の奇妙な側面を描くアリソン・グエンを紹介する。

「表層には、どこか荘厳で計り知れないところがあります」
ニューヨークのチャイナタウンにあるスタジオで、アリソン・グエンはそう言った。「表層は、その下を流れる奔流について何を明かすのでしょうか?」
デジタル世界の欺瞞的な外観を否定するのは簡単だ。しかし映像作品やパフォーマンス、彫刻など、幅広い分野で創作を行うグエンの作品にとって、表層とは謎と可能性に満ちた場所なのだ。アメリカの神話や視覚文化、デジタル労働などのテーマを探求する彼女の映像作品は、歴史の断片を用いながら不可思議な世界を展開する。
ニュージャージーで育ったグエンは、マンハッタンに「こっそり」美術展や映画を見に行くのが習慣だったという。ブラウン大学では、現代文化とメディアに関する学部で学んだ。その理由は、「変人や、はみ出し者がみんなそこにいたから」だという。アーティストとして芽が出始めたのは、金融危機後のニューヨークで単発の仕事で食いつなぐ生活をしばらく続けてからだった。子守やイベントカメラマンとして働いた後、彼女は映画製作会社の美術部門のリサーチャーの職を得る。
こうした紆余曲折を考えれば、グエンの作品が大衆文化とハイカルチャーの両方を参照した折衷的な性質を持つことが納得できる。たとえば、映画館で上映されたり、インスタレーションとして展示されたりしている作品、《History as Hypnosis(催眠としての歴史)》(2023)もそうだ。
この映像作品には、3人の謎めいたベトナム人女性が登場する。砂漠を走り回る車に乗せられていた彼女たちは、やがてロサンゼルスの華やかなダウンタウンで車から降ろされてしまう。どこか現実離れした情景と、徐々にズームインする超遠景のロングショットで構成されるこの作品は、『テルマ&ルイーズ』のようなアメリカのロードムービーを彷彿とさせる。土地と人間のアイデンティティを交差させるロードムービー的な手法を、移民の苦境やアメリカ帝国主義の亡霊という主題と遠回しに結びつけているのだ。

《Change Order(チェンジ・オーダー)》(2024)と新作《Aisle 9(9番通路)》はどちらも、ニューヨークでストッキング製造会社を経営する台湾人一家の写真アーカイブから着想を得たものだ。ベトナム系アメリカ人であるグエンは、自らの出自を題材にすることもある。しかし彼女は、私的な歴史や自分の家族とアジア系移民の物語は、現代における人間の在り方について、さらに大きな問いを提示する手段の1つにすぎないと考えている。
「1つの題材ばかりを扱うのは、自分にはつまらなく感じられます」
そう話すグエンは、自身のアイデンティティに関する題材を取り上げながらそれを拡張していく独自の手法について、《History as Hypnosis》に登場する女性のお歯黒を例に挙げて説明した。サイゴンに住む彼女の祖母の友人は、ベトナムの少数民族の古い習慣であるお歯黒をしていた。しかし、グエンはそれを脱文脈化して作品に取り入れている。「民族的な含みなど、何らかの意味を込めたいわけではなく、単に奇妙で興味を引く演出をしたかっただけなんです」と彼女は言う。
自分は「テクノロジーおたく」だというグエンは、プログラマーであり、アマチュアのグラフィックデザイナーでもある。彼女はこうしたスキルをバーチャル空間とアルゴリズム的知能を取り入れた作品制作に役立ててきた。2019年に共同制作者のアヒム・コーとともに「アンドラエイト(Andra8)」という機械学習プログラムを開発したグエンは、それを女性のアバターとして視覚化し、《My Favorite Software Is Being Here(私のお気に入りのソフトウェアは、ここにいること)》(2021)という映像インスタレーション作品を制作している。
AIアシスタント、コンテンツクリエイター、データアグリゲーターなど、1人で何役もこなす機械人間アンドラエイトは、搾取される労働者を象徴している。だがグエンは意外にも、分裂した存在として生きるアンドラエイトを受け入れるよう見る者を促している。「AIは敵ではありません」と彼女は言う。
「本当の敵は、AIのように振る舞い、こうしたテクノロジーをつまらないやり方で使っているキュレーターやアーティストです」
この作品の最後で、アンドラエイトは飲んでいたミルクセーキを窓から放り投げる。自分自身の主体性を確立した彼女は、私たちにもそうするよう呼びかけているのだ。(翻訳:野澤朋代)
from ARTnews